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2015年2月27日 (金)

ミャンマー旅行を振り返って

■言葉の勉強不十分

 今回は最初ブータンマラソンに出場しようと考えていました。しかし、費用が最低45万円かかるということで断念しました。その他の候補地も色々考え、最終的にミャンマーに決まったのは年の瀬だったと思います。それから、時間は少しあったのに、文字でつまずいてしまい、あまり言葉を覚えることが出来ませんでした。経済と言語を学んでからその国に行くという私の目標が今回はあまりできないまま行ってしまいました。

■旅行スタイルの変化

 今回も所謂貧乏旅行をしてしまいましたが、貴重品の管理について、以前とは変わってきました。以前は貴重品袋にパスポート、航空券、現金やTCの3点セットを入れ、一点集中で管理していました。しかし、航空券がEチケットに変わったことにより、同じ物を何枚も印刷する事ができるようになりました。また、クレジットカードで購入やキャッシングをできる国が増え(ミャンマーは数少ないあまり普及していない国でしたが)TC(トラベラーズチェック)の重要性が無くなりました。パスポートは結構頻繁に使う物なので貴重品としてしまい込むのはかえって不便です。今回の旅行では、100円ショップで購入した2つ折りの財布に、ドルキャッシュ、円キャッシュ、CDを入れ普通にズボンのポケットに入れていました。それとは別に少し大きな金額のドルキャッシュを大きな旅行鞄にいれておきました。パスポートは宿か、ウエストバッグかナップサックにいれていました。この形、結構便利でした。

■いきなり田舎は大成功

 首都について普段は2泊位して地図を買ったり、その国の雰囲気を掴んでから他都市に移動する事が多かったのですが、今回はとにかく日数が少ないので、空港からいきなり長距離バス発着所までタクシーを飛ばし、昼から6時間かけてパアンに行きました。これは大成功だったと思います。パアンの存在を知ったのは出発の2日ほど前。それまでの計画は、ヤンゴンに2日間いて、バゴーというヤンゴンから2時間ほどの都市に日帰り訪問する予定でした。今回の旅で途中でバゴーも通りましたが、特に特徴の無い中都市でした(ビルマの竪琴の撮影に使われた釈迦涅槃像があるという魅力はありましたが)。

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 しかも、パアンで自転車を借りることが出来たのも大きかったです。もしレンタルバイクが無ければ、西洋人と一緒にオート3輪をチャーターするか(これは最悪です)、バイクタクシーをチャーターするしかありませんでした。トルコのアンタルヤも中国の蘇州でもレンタルバイクはありました。大都市から少し離れると、自転車は何とかなる気がします。自分で持っていけば何日間も自転車に乗ることができますがとにかく持っていくのが大変です。たとえ1日で一旦返さなければならないとしても、自転車を使えば他の交通手段とは段違いに自由度と現地の人との接触度が増します。そして徒歩より行動範囲も一気に広がります。

■小乗仏教の国

 ミャンマーを語る上で仏教は欠かせません。有名な観光名所になりそうな風光明媚な場所のほぼすべてにパゴダや仏像があります。

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 上の写真は尼僧です。女性(女の子もおばあさんもいます)も頭を丸めて修行していました。

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 上の写真は、パアン郊外でお坊さんと出会った時の写真です。右奥に見える山が、最初の洞窟寺院です。

 パアン近郊で一番遠かったサダン洞窟は、苦労して行った割にはたいしたことありませんでした。白い象の像が入り口にあったのは印象的でしたが。日本のガイドブックには一切載っていないと思います。

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 シエダゴンパゴダでもこういった洞窟寺院でも、とにかく熱心に祈る人が誰かはいました。本当に信心深い人たちです。また、朝は、托鉢のお坊さんが通りかかると必ずお布施(食事)を差し上げていました。

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 仏教のせいかどうか分かりませんが、ミャンマー人の自動車の運転は、クラクションがうるさくて乱暴な印象を最初持ちますが、運転席の近くで見ていると、意外に優しい運転をするドライバーが多いです。南米やインドより優しい印象をうけましたが、4日間だけでは本当のところは分からないかもしれません。でも、そこにも仏教の他人や他の動物をいたわる精神をかいま見ることができる来もします。

■多民族国家ゆえのホスピタリティー

 ミャンマーはビルマ人を中心とした複数民族国家です。ゲリラとして武装闘争を行っている(いた)ところもあるし、ビルマ人にすんなり同化して行ってる民族もいるようです。さらにタイ人、中国人、インド人もそのままで、あるいは別の民族名を持って存在しています。

 高野さんか中村さんのどちらかが、「ミャンマー人は言葉の分からないもの同士が意志疎通をはかるために、国内だけで国際化ができていた」みたいな事を書いていました。なるほどと思いました。他人と接する時の感が良いのです。外国人の私に接するときに、どんな田舎の人でも英語をしゃべることが出来ない人でも(イギリスの植民地だったので英語は階層に関係なくけっこう通じます) 、状況から一瞬で私が何を欲しているのか読みとってくれる人が多かったです。相手の気持ちになって考える訓練が出来ているということです。これがたとえば、神と自分だけの世界に生きているインド人だと全く違った対応になります。

 このミャンマー人のホスピタリティーの高さは、なかなか好感がもてました。島国のインドネシア人やフィリピン人よりはいい加減ではなく、ベトナム人よりはのんびりしているけれど、人を裏切る様なことはあまりしない。そんな印象を私は持ちました。たった4日で何が分かるかと言われそうですが、私はミャンマーが好きになりました。もちろん、経済的な貧しさの問題は厳然としてあるし、どこにでもゴミが落ちている点には閉口しましたが。

 また、少数民族の血が混じり合うと、実にエキゾティックな顔立ちになる気がします。気軽に写真を撮らせてくれた人も多く、皆笑顔が素敵でした。写真を撮ることができなかったけれど、何とも言えない尖った美しさの女性も特にインド人街に多かったです。

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 沢山の笑顔に出会うことが出来た旅でした。この機会を与えてくれた家族と職場の皆様に感謝します。

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コメント

こんばんは、アンタルヤでご一緒させてもらったこ~いちです。ご無沙汰してます。

ときたま覗かせてもらってますが、相変わらずアクティブですね。ミャンマー、楽しまれたようだし、興味深いですね。マラソンではなかったみたいだけど、朝ランに、自転車と、体力あってこその旅ですね。

私は、もっぱらマラソン中心です。暮れにはラン仲間と台北マラソンに参加、帰国して3日働いた後、嫁さん連れて再び台湾旅行、ピーチあってこそのプランでした。

投稿: こ~いち | 2015年3月 1日 (日) 20時30分

こ~いちさんへ→
 お久しぶりです。アンタルヤではお世話になりました。今回マラソンはブータン、マルタ、西サハラ、タヒチと候補がありましたが、値段と日数で断念しました。
 台湾は2007年に自転車で一周しています。本当に食べ物は美味しいし、日本(特に北海道)大好きだし、良いところですよね。

投稿: kiyatchi | 2015年3月 1日 (日) 21時43分

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