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2015年2月

2015年2月28日 (土)

『空飛ぶビーフはばたくチキン』

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『空飛ぶビーフはばたくチキン』 やまかづ 著 文芸社2011☆☆

 機内食の秘密について書かれていて、一般の人ならなるほどと思うかもしれませんが、もっと奥の深い話が書いてあると思ったので肩透かしでした。野菜食や宗教食や医療食などの特別食については知らないことが多く書かれていました。また、機長と副操縦士は同時に食中毒になることを防ぐため、全く別の機内食が用意されているというのはなるほどと思いました。しかし、お節介にも非常に浅く宗教そのものの解説なども入ってくると、「そんなことは誰でもしっているのでは?」と思ってしまいます。

 機内食会社に勤めていた方なのですから、たとえばビーフはどこの肉を使っているとか、業界の人しか知り得ない情報を書いてほしかったです。

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2015年2月27日 (金)

ミャンマー旅行を振り返って

■言葉の勉強不十分

 今回は最初ブータンマラソンに出場しようと考えていました。しかし、費用が最低45万円かかるということで断念しました。その他の候補地も色々考え、最終的にミャンマーに決まったのは年の瀬だったと思います。それから、時間は少しあったのに、文字でつまずいてしまい、あまり言葉を覚えることが出来ませんでした。経済と言語を学んでからその国に行くという私の目標が今回はあまりできないまま行ってしまいました。

■旅行スタイルの変化

 今回も所謂貧乏旅行をしてしまいましたが、貴重品の管理について、以前とは変わってきました。以前は貴重品袋にパスポート、航空券、現金やTCの3点セットを入れ、一点集中で管理していました。しかし、航空券がEチケットに変わったことにより、同じ物を何枚も印刷する事ができるようになりました。また、クレジットカードで購入やキャッシングをできる国が増え(ミャンマーは数少ないあまり普及していない国でしたが)TC(トラベラーズチェック)の重要性が無くなりました。パスポートは結構頻繁に使う物なので貴重品としてしまい込むのはかえって不便です。今回の旅行では、100円ショップで購入した2つ折りの財布に、ドルキャッシュ、円キャッシュ、CDを入れ普通にズボンのポケットに入れていました。それとは別に少し大きな金額のドルキャッシュを大きな旅行鞄にいれておきました。パスポートは宿か、ウエストバッグかナップサックにいれていました。この形、結構便利でした。

■いきなり田舎は大成功

 首都について普段は2泊位して地図を買ったり、その国の雰囲気を掴んでから他都市に移動する事が多かったのですが、今回はとにかく日数が少ないので、空港からいきなり長距離バス発着所までタクシーを飛ばし、昼から6時間かけてパアンに行きました。これは大成功だったと思います。パアンの存在を知ったのは出発の2日ほど前。それまでの計画は、ヤンゴンに2日間いて、バゴーというヤンゴンから2時間ほどの都市に日帰り訪問する予定でした。今回の旅で途中でバゴーも通りましたが、特に特徴の無い中都市でした(ビルマの竪琴の撮影に使われた釈迦涅槃像があるという魅力はありましたが)。

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 しかも、パアンで自転車を借りることが出来たのも大きかったです。もしレンタルバイクが無ければ、西洋人と一緒にオート3輪をチャーターするか(これは最悪です)、バイクタクシーをチャーターするしかありませんでした。トルコのアンタルヤも中国の蘇州でもレンタルバイクはありました。大都市から少し離れると、自転車は何とかなる気がします。自分で持っていけば何日間も自転車に乗ることができますがとにかく持っていくのが大変です。たとえ1日で一旦返さなければならないとしても、自転車を使えば他の交通手段とは段違いに自由度と現地の人との接触度が増します。そして徒歩より行動範囲も一気に広がります。

■小乗仏教の国

 ミャンマーを語る上で仏教は欠かせません。有名な観光名所になりそうな風光明媚な場所のほぼすべてにパゴダや仏像があります。

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 上の写真は尼僧です。女性(女の子もおばあさんもいます)も頭を丸めて修行していました。

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 上の写真は、パアン郊外でお坊さんと出会った時の写真です。右奥に見える山が、最初の洞窟寺院です。

 パアン近郊で一番遠かったサダン洞窟は、苦労して行った割にはたいしたことありませんでした。白い象の像が入り口にあったのは印象的でしたが。日本のガイドブックには一切載っていないと思います。

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 シエダゴンパゴダでもこういった洞窟寺院でも、とにかく熱心に祈る人が誰かはいました。本当に信心深い人たちです。また、朝は、托鉢のお坊さんが通りかかると必ずお布施(食事)を差し上げていました。

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 仏教のせいかどうか分かりませんが、ミャンマー人の自動車の運転は、クラクションがうるさくて乱暴な印象を最初持ちますが、運転席の近くで見ていると、意外に優しい運転をするドライバーが多いです。南米やインドより優しい印象をうけましたが、4日間だけでは本当のところは分からないかもしれません。でも、そこにも仏教の他人や他の動物をいたわる精神をかいま見ることができる来もします。

■多民族国家ゆえのホスピタリティー

 ミャンマーはビルマ人を中心とした複数民族国家です。ゲリラとして武装闘争を行っている(いた)ところもあるし、ビルマ人にすんなり同化して行ってる民族もいるようです。さらにタイ人、中国人、インド人もそのままで、あるいは別の民族名を持って存在しています。

 高野さんか中村さんのどちらかが、「ミャンマー人は言葉の分からないもの同士が意志疎通をはかるために、国内だけで国際化ができていた」みたいな事を書いていました。なるほどと思いました。他人と接する時の感が良いのです。外国人の私に接するときに、どんな田舎の人でも英語をしゃべることが出来ない人でも(イギリスの植民地だったので英語は階層に関係なくけっこう通じます) 、状況から一瞬で私が何を欲しているのか読みとってくれる人が多かったです。相手の気持ちになって考える訓練が出来ているということです。これがたとえば、神と自分だけの世界に生きているインド人だと全く違った対応になります。

 このミャンマー人のホスピタリティーの高さは、なかなか好感がもてました。島国のインドネシア人やフィリピン人よりはいい加減ではなく、ベトナム人よりはのんびりしているけれど、人を裏切る様なことはあまりしない。そんな印象を私は持ちました。たった4日で何が分かるかと言われそうですが、私はミャンマーが好きになりました。もちろん、経済的な貧しさの問題は厳然としてあるし、どこにでもゴミが落ちている点には閉口しましたが。

 また、少数民族の血が混じり合うと、実にエキゾティックな顔立ちになる気がします。気軽に写真を撮らせてくれた人も多く、皆笑顔が素敵でした。写真を撮ることができなかったけれど、何とも言えない尖った美しさの女性も特にインド人街に多かったです。

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 沢山の笑顔に出会うことが出来た旅でした。この機会を与えてくれた家族と職場の皆様に感謝します。

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2015年2月25日 (水)

関空に到着

 今、関空内のネットカフェみたいなところにいます。デジカメで撮った方の写真を今までの記事に少し追加したり変更したりしました。

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 クアラからの飛行機は、大阪の修学旅行生と一緒でした。隣には運動部らしい兄ちゃん。オーストラリアにパースに行ってきたそうです。国際線4回目の彼らはもう怖いものなし。客室乗務員が少しあきれ気味でした。

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 関空手前で、日の出直後の太陽と室戸岬が見えました。

 和歌山市もきれいに見えました。

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 これから千歳に向かいます。

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2015年2月24日 (火)

ミャンマー最終日

  今朝はまだ暗い6時から早朝ラン12km走りました。大都会は走りづらいです。途中でヤンゴンというより世界最高?のお寺シエダゴンパゴダに寄りました。だから長いスパッツです。

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ランの時iパッドは持っていかなかったので、写真は関空で少しアップします。
ここは上座仏教の総合テーマパークみたいな所です。観光客もいますが、とにかくミャンマーの人達が熱心に祈ります。南口から入って正面に目がルビーの仏陀がいて、参道で買ったお花を私は供えました。

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 本当は、自分の産まれた日の曜日毎に仏像があり、そこにお参りすればよいのですが分かりません。信仰心を少しだけ持って私も来ているのですが、ミャンマー女性のロンジン姿がセクシーでカッコ良く、お寺に来てかえって邪念や煩悩に冒される情けない私です。珍念さん、何とかして下さい•••。

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 お寺を回っていたら、おじいさんが色々話しかけてきました。直感的にお金払うことになると思いましたが、そのまま任せました。私の誕生日を調べてくれ、水曜日だそうです。水曜日午後産まれの仏像の所に行き、計8回水をかけました。その後、おじいさんは英語で念仏みたいな事を称えてくれました。相応のお礼をしました。

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そこは、7km地点だったので残り5kmを走りましたが、日は高くなるし人と車がごった返していて大変でした。
宿にはパンとコーヒーの朝食が付いています。 日本人大学生も数名いたのですが、私が話しかけるまで全く日本人だと思っていなかった様です…。パアンの事は誰も知りませんでした。歩き方には載っていないのでそうなるのでしょう。
さて、残された時間はわずかです。なりふり構わずタクシーを多用しますが、渋滞が酷い。結局ナショナル博物館とアウンサンマーケットのみになりました。
国立博物館では時間が無いので五階の少数民族展示のみを見ましたが、良かったです。カメラ持ち込み禁止でまたも写真無しですが、特に民族衣装が美しい。カチン族だけは見た瞬間に判りました。ワ族やアカ族、リス族などマイノリティの中のマイノリティも全部あるようです。
アウンサンマーケットでは入って直ぐにしつこいガイドに捕まりましたが、自分の店でスタールビーを扱っているというので付いて行くと、二階の作業所みたいな所で見せてくれました。一度は宝石バイヤーになろうと思ったこともある私なので、一切の時間の無駄を省き5カラットのスタールビーに絞って10分あまりで20ドルで購入しました。スリランカならもっと安いし、粘れば他の展開があったかもしれませんが、自分では満足です。でも、その後も他にも買わないかと言ってきたので、彼にとっては十分な利益があがったのでしょう。
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それからとにかく時間が無いので彼に「何か食べるところへ連れていけ」と言って食堂へ。
豚肉麺とオレンジジュースを頼みましたが、量もあり日本のラーメンを食べてる感覚でした。250円。

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またオレンジジュースは生を搾ったものでしたが、砂糖を加えたのではないかと思うほど甘かったです。100円。

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それから市場でロンジンやタナカを見て、一軒はっきりアカ族の店とうたっている店があったので小バッグを買いました。

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急いで宿に戻り、タクシーで空港に向かいました。凄い渋滞でした。
そして今はクアラルンプールの空港でブログを書いています。

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となりの席のミャンマー人は、クアラからアムステルダムに向かいそこからケミカルタンカーに乗るそうです。オランダからイギリスに行き、そこから世界を九ヶ月、ヤンゴンに家族をおいたままだそうです。大学では心理学を学んだそうで、とても知的な会話になりました。ニュースとかで「ミャンマー人の船員」とか出てきた時に日本人はどこか優越感を感じてしまう気がしますが、非常に優秀な人達なのですね。

クアラルンプール空港内のアイスコーヒー頼んだら、4ドルほどでこんなの来ました。フライドポテトも揚げたてで美味しかったです。
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ヤンゴンへ

今日はほとんど移動だけの日になってしまいました。
朝6時に出発するバスが40分も遅れ、途中も無理な追い越しをあまりしない運転手で、8時間近くもかかりました。途中休みのドライブインでチキンカレー150円でしたが、くせもなく美味しかったです。

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ヤンゴンのバスターミナル近くに日本人の慰霊墓地があった筈なので、バイクタクシーで行ってお参りしてきました。
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県人会毎とかにも様々な慰霊碑がありました。

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バイクタクシーの運ちゃんです。最初は墓地がわからず、現役の葬儀場へ連れて行ってしまいました。どこか、チームニセコのK村さんに似た感じでした。


 タクシーの誘いを振り切り、普通の市内ボロバスで中心へ。バス代20円です。また貧乏旅行のくせが出てしまいました。タクシーでも500円だったのに、時間の方が大切でした。中心部は慢性的に渋滞している様です。

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 宿は中心のランドマークスレーパヤーのすぐ近くのガーデンゲストハウスが空いていました。シングル10ドルでエアコンも個室シャワーもあって感激。パアンでは共同の水槽でしたから。宿以外も、田舎から出て来たお上りさん状態で、ヤンゴンは大きいなあと圧倒されています。
 宿を出たのが16時を回っており、施設観光は無理。近くのインド人街を散策していました。雰囲気はインドそのもの。サモサとか揚げていますし、皆インド系の顔しています。
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 一番の誤算は近くのアウンサンマーケットが月曜日でお休みだった事です。中国人街近くの小規模なショッピングセンターで、ある程度おみやげなどを買いました。中にある小さなスーパーでは若い店員同士が遊んでいて、社員教育大変そうだなと思いました。

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 都会に来たので、謎のTokyoドーナッツに入りました。ドーナッツ50円、アイスコーヒー70円でしたが、コーヒー美味しかった。
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 屋台にも美味しそうなものがいっぱいあったのですが、都会ですからインドレストランに入りました。

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 マトンカレーにライスセットやチャイを加えて880円。ミャンマーで初めてサービス料と税金を払いましたが、ミャンマーカレーと違いピリリと辛くてまたダルやサブジも美味しくて最高です。デザートまで付いていました。
 夜のスレーパヤーも良いですね。
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2015年2月23日 (月)

貸し自転車でパアン近郊93km(後半)

 この辺りはカレン族の地域ですが、私の語学力ではビルマ語に同化しているのかどうか分かりません。家は高床式の家が多い気がします。現代風のものも高床ですが、田舎ではタケとヤシで作ったものも多数見ました。
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 さて、自転車ですが、さらに二箇所有名な寺院を周ります。自転車が手に入った私は水を得た魚、何処へでも行ける気持ちになっています。次の寺院は湖の中心の奇岩の上にあります。

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ここで、ちまきを3つ食べましたが、餅の中にココナツを煮込んだものが入っていました。

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さらに次は山頂に作られた僧院の麓に1000体の仏像が置かれているところです。

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   ここの次に向かったのは、最初の洞窟近くで道を教えてもらった人が推薦してくれたサダン洞窟です。しかし、遠かったです。この辺りから自転車を返す時刻や日暮れの時刻が気になり出して、ブルべモードになってしまいました。たくさんの子供達に声をかけてもらいましたが、返事だけになってしまいました。少し後悔していますが、スイッチが入ってしまう時もあります。
   洞窟近くの道は赤いラトソルの道でした。雨季になったら通る事ができないのではないでしょうか。

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   最後の方はひたすら漕いで合計93kmブルべ時間8時間3分でした。大型トラックやバスや耕運機トラックや自転車サイドカーなどが混ざって走っていて命がけでした。
   考えてみると今日は湧別85kmでしたから、朝のランと合わせて同じくらいは運動したでしょうか。


   夕食は近くの食堂でマトンカレーとエビカレーです。二つしか頼んでいないのに二種類のスープをはじめこうなります。

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   これで450円です。大えびが少し高かったのだと思います。辛くなく油が多くとても美味しかったです。カレー屋の母さんです。

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 今回の旅、暑さに負けず食欲も絶好調です。ミャンマー料理、私に合っています。明日は早朝のバスでヤンゴンに向かいます。

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2015年2月22日 (日)

貸し自転車でパアン近郊93km(前半)

 朝は時差の関係もあり、早くから目が覚め、暗いうちからジョギングをしました。

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街はまだ起きていないと思ったら、市場の方は明きかけていました。6キロ地点くらいで、真赤な朝日が昇って来ました。朝は少し涼しく走りやすいです。湖の方とかはミャンマーとしては綺麗で落ち着いています。

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 12km走って水を浴び、走った服などを洗濯して、今日の行動の計画を考えました。その手助けをしてくれたのが、ここparamiホテルの受付の子で、レンタサイクルのヒントや隠れ名所を教えてくれました。
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とても賢い子だと思いました。日本語もスマートに覚え始めていて「かわいい」と言う単語を教えました。
さて、レンタサイクルはボロいママチャリです。変速無し。よく見ると大阪市の中村孝之君の名前が貼ってありました。これも日本の中古なのですね。でも、一日でレンタル料200円は安すぎです。

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パット入りのズボンは持って来ていないので、早速自転車で市場に行ってスポンジを手にいれました。
最初に目指したのは、多分日本人旅行者にはほとんど知られていないya-thay-pyan洞窟です。この辺りは石灰岩のカルスト地形で、鍾乳洞がほぼ全て僧院になっているようです。洞窟の近くはママチャリでもリム打ちするのではと思うほどの悪路です。そこへ向こうからカブに乗ったお坊さんが一人私の前で止まり、しきりに話しかけてきます。どうやら自分の僧院に寄っていけと言うことの様です。普通の人にそう言われたら、余裕のある時や田舎では付いて行きますが、都会では絶対言葉が分からないふりをして無視です。でも流石にお坊さんの勧めを断ったら罰が当たりそうですし、お坊さんがお金をせびることも考えられないので付いて行きました。結果としては、言葉は通じなかったけれど、小さな僧院の全てを見せて下さり、この旅一番の有意義な時間を過ごすことができました。

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中の写真は帰国後にアップします。
そして最初の洞窟です。

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鍾乳洞の入り口の山が大小様々な多数の仏像で覆われ、その一番奥から結構長い鍾乳洞が続きます。寺院は入り口で裸足にならなければいけないので、鍾乳洞もずっと裸足です。この鍾乳洞は結果的には一番良かったです。ここまでパアンから17kmでした。距離はピアンタで計測しています。
次の寺院は観光客も少しいて入り口で300円分も御布施を払わなければなりませんでした。

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ここでお昼になったので、お寺の入り口の出店で麺を和えたものを頂きました。何かに似ていると思いましたが、それはラーメンサラダです。和えたソースにはゴマも入っている気がします。
実は午前中は、子供達に声を掛けられると寄って写真を撮ったりしていました。

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 ミャンマーの子は良く声をかけてくれます。でも本当の田舎では、その声に応えて私が近づくとびっくりして逃げてしまいます。会話は、日本で事前に覚えた「こんにちわ」「私は日本から来ました」「名前は何ですか?」「ありがとう」の四つだけです。でもこの四つで何とかなってしまいます。写真はタナカと言う日焼け止めを塗ったパアン市内のパン屋の子です。

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2015年2月21日 (土)

パアンへ

 ミャンマーに到着後すぐに長距離バスターミナルに行き,昼過ぎに出発するバスに乗りました。
 出発まで二十分ほどしか時間が無かったので、急いで昼食を取り買い物をしました。

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 串焼き屋の兄ちゃんです。ミャンマー語何とか少し通じました。

 それにしても、ミャンマーは暑く汚いです。28年前のインドネシアやインドを思い起こさせます。

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6時間バスに乗り(日本のJRバスの中古でした)。カレン族の街パアンへ来ました。
途中寄った食堂のミャンマー料理とても美味しかったです。写真のチキンカレーと野菜炒めにその他のメンマ見たいのや納豆みたいなのや米は食べ放題で260円ほどでした。

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 バスでは途中とても鮮やかな服を着た若い女性が空いている席が無くて私の隣りに座りましたが、シンガポールで働いてるエリートで英語で楽しくお話が出来ました。

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 パアンには日が落ちた直後に着きました。少しだけ雰囲気の落ち着いた街です。地球の歩き方に載っていないので、日本人は見かけませんがロンリープラネットには載っているそうで西洋人は少しいます。

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 一泊十ドルにしては今一つの部屋しか空いていませんでした 。宿の近くでモヒンガーを食べましたが、何と30円でした。

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wifiも使えるのですが非常に不安定で写真一枚入れるのがやっとです。
こちらではもうすぐ二十三時ですが、2時間半時差があるので、日本ではもう日付が変わっていますね。

 

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クアラルンプール市内

実質2時間の観光でした。

 空港からの快適な特急でセントラルへ行き,高速道路を歩いたりしながらチャイナタウンへ行きました。
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まだ暗かったけれど人がうごめいていました。

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豚肉スープを食べて裏道の暗い中で始まり出した路上マーケットを見ました。中華街は昔と変わらない感じでしたが、昔泊まった宿が何処だったか全くわかりませんでした。

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 その後、LRT(地下鉄みたいな無人交通システム)に乗ってKLCCのツインタワーへ行きました。このトークンに電子情報が入っています。

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 一時は世界一の高さを誇った所です。

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郊外のサイバージャヤのあたりではないかと思います。飛行機の上から見ても、マレーシアは先進国の様に整然と区画整理しながら開発が進んでいました。

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この後はミャンマーへ向かいます。

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A380初めて見ました。

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マレーシア到着

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 無事に到着しました。空港から市内への特急駅で無料Wi-Fiが使えます、マレーシアは28年ぶりですが、随分進歩しています。6時間の滞在です。

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2015年2月20日 (金)

マレーシア航空

マレーシア航空
いよいよ出発です。飛行機が行方不明にならない事を祈ります。

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千歳

千歳
これから、羽田、成田、クアラルンプール経由で、ヤンゴンへ向かいます。

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2015年2月15日 (日)

『西南シルクロードは密林に消える』

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『西南シルクロードは密林に消える』 高野秀行 著 講談社文庫2009☆☆☆☆☆

 高野氏のビルマ三部作をこれで全部読みましたが、圧倒的にアヘン王国潜入記が面白く、次かこれです。アヘン王国はワ州に7ヶ月も滞在したのですが、こちらは4ヶ月の移動。滞在と移動では当然滞在の方が住民と親密になれます。

 しかし、移動の方は、国境越えのスリルがたまりません。中国からミャンマーにカチン軍を頼って密入国し、最後はナガ人によってインドへ密入国。最終的には強制送還と言う形でインドから無事?日本に帰ってきています。

 途中からジャングルを歩く羽目になったりゾウに乗ったり船や自動車で移動させられたり。自分の意志とは無関係に、次から次へと別の人に託されて移動は続きます。西南シルクロードを運ばれた物が実は「高野秀幸」という商品であったというのは最後の最後に納得しました。

 この本も、あまり評価されなかった様ですが(アヘンもあるし、密入国だからか)、こんなことができる人は世界中探してもなかなかいないでしょう。さりげなく書かれていますが、高野氏の語学力はかなりのものだと思います。

 なお、旅は2002年に行われ、単行本は2003年に出版されています。文庫本の関野吉晴氏の解説はなかなか的を射ていると思いました。
 

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2015年2月11日 (水)

ローラーブルベ終了

ローラーブルベ終了
  ブルベタイムは3時間51分、ライドタイムは3時間41分でした。

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 あまりにも単調なので、2本映画を見ながらでした。これで200kmとか300kmとか、ちょっと私には無理な気がします…。

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ローラーブルベ開始

ローラーブルベ開始
ローラーブルベ開始
これから100キロ始めます。

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2015年2月10日 (火)

『アイネクライネナハトムジーク』

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『アイネクライネナハトムジーク』 伊坂幸太郎 著 幻冬舎2014☆☆☆

 短編集ですが、全ての短編が実は絡み合っていて、ほのぼのした恋愛ものなのに面白かったです。「偶然が2回重なるのはミステリーでは御法度」と作品の中で語っておきながら、偶然が重なりまくっています。でも意外に面白く、後半は引き込まれてしまいました。

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2015年2月 9日 (月)

旭川スノーラン、バイクレース、スノーシューラン

 昨日は旭川でスノーエンデュランスフェスチバルが開催されました。

 この大会、雪中でいろいろ楽しめるとあって、アドベンチャー系レースでは顔なじみの方々も多く来ていました。

 留萌からはシーサーと若いFさん。ルスツのKさん、山岳スキーのA井さん、M浦さん、しょうきちさん、ニセコのUさん、バイクで旭川のKさん、そしてyamamotoさん、さらに主催者の前田さんやN瀬さん、応援に来ていたブルベの旭川Tさんなど知り合いの多い大会でした。

 ランのみの人、スノーシューのみの人、バイクのみの人、ダブルエントリーの人、そしてトリプルエントリーの人と、参加種目はそれぞれです。また、ファットバイクの試乗会、山岳スキーの試乗会も同時に行われていました。

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 最初の競技は9時からスノーラン。2kmの周回コースを10kmは5周、5kmは3周します。コースはスキー場の下の方を使い、それなりに起伏があります。雪は圧雪されていますが、3周目あたりから走りづらくなってきます。ニセコのUさんは2位、留萌のFさんも速い。私はルスツのKさんの前を3周目まで走っていましたが、4周目に入ったところで抜かれてしまいました。スノーランは手元の時計で55分08秒でゴールしまいした。ピアンタの距離は9.84kmでしたので、ほぼ10kmでした。

 2つ目の競技は雪上バイクレースです。コースはランと同じコースを3周です。すでにランで雪は荒れているので、ふつうのMTBではほとんど乗ることはできません。しかし、昨年から急速に普及し出したファットバイクだと、がんがん乗ることができます。正直言って全く勝負になりません。バイク参加者は25名ほどでしたが、半分くらいがファットバイクでした。

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 中には、ブロンプトンにスパイクタイヤでという女性もおりましたが、本番では別のバイクにしたのでしょうか?ニセコのUさんもyamamotoさんも普通のMTBです。

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 バイクは11時スタート。とにかく登りではもう全然だめ、ほとんど全部押しです。下りでは、まだあまり荒れていないコースの端の方をうまく走ればファットバイクを追いかけることができました。

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 そして1周目のゴール近くで、左端に寄っていたら急に雪が柔らかくなっているところで大転倒してしまいました。シーサーが応援してくれていた所のすぐ近くです。この時、左のふくらはぎが急激に攣りました。その後は転倒しないように最大の注意を払い、押したり乗ったりを繰り返して何とかゴールしました。タイムは手元の時計で37分02秒、距離は6.03kmでした。

 3つ目はスノーシューランです。スノーシューは日常でほとんど使ったことが無いので、大会事務局からレンタルしました。

 ゴンドラに乗って山頂駅に集合し、13時に山頂からスタートです。こちらも10kmと5kmがあり、私は10kmに申し込んだのですが、手違いで5kmのエントリーになっていました。しかし、当日、10kmに変更してくれました。

 山頂はかなり寒く風も強い。スタート直後はスノーシューの感覚がよく分かりません。靴も系登山靴に変えたので、重く、普段使わない筋肉を多用しそうです。

 スタートしてしばらくは山頂裏の結構激しいアップダウンを走ります。急な下りでは皆さん尻滑りをしていました。登りは一歩一歩です。

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 登りが続く局面で留萌のFさん、A井さんに追いつき、抜かし、さらにルスツのKさんも抜かしました。しかし、下りになるとA井さんはトレースの無いところをどんどん走ります。速い。抜かれます。人が走ってトレースが付いているところと完全な新雪では、新雪の方が走りやすいと私も後半で気づきました。下りも決して楽ではなく、昼食をとらなかったこともあってかなりやられた状態でゴールしました。タイムは1時間29分11秒。距離はピアンタで8.14kmでしたが、ランの15km以上の感じがありました。

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 なかなかyamamotoさんがゴールしないと思ったら、途中でスノーシューが壊れてしまい、枠だけ背負って来たそうです。

 私とyamamotoさんとニセコのUさんは(他にもいたかもしれませんが)3種目すべてにエントリーし、完走させていただきました。前もってうち合わせしたわけでは無いのですが、発想が同じなのには笑ってしまいました。特にスノーシューランは私には大変過酷で、一方で発見も多いものでした。それらも含めて、大変楽しい一日を過ごすことができました。感謝です。

 

 

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2015年2月 8日 (日)

AJ北海道新年会

AJ北海道新年会
 旭川から札幌へ移動。楽しい会です!来年度の運営や再来年のイベントなどの話題が一杯。実に素晴らしいAJ北海道のスタッフです。来年はAJ北海道とランドヌール札幌を合わせると15本もブルベが北海道で行われます。

 また、ブルベの仲間で、トレランやマラソンにもチャレンジしている人達の話も刺激になりました。

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スノーランなど終了


スノーランなど終了
 旭川、カムイスキーリンクスで行われた、スノーラン(10km)、雪上MTB(5km)、スノーシューラン(10km)の3種目が終わりました。疲れました。でも、面白かったです!主催者の前田さんありがとうございます!

スノーランなど終了

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2015年2月 5日 (木)

『アヘン王国潜入記』

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『アヘン王国潜入記』 高野秀行 著 集英社文庫2007☆☆☆☆☆

 いやー、凄いです。1995年にビルマ北西部、少数民族シャン州の中にあるさらに少数民族のワ州。実は当時(今も?)ミャンマー政権の統治が及ばない事実上の独立国です。そこに中国国境から潜入(ワ州的には合法?)し、7か月にわたり一つの村に入ってケシの種まきからアヘンの収穫までを実体験し、軽くアヘン中毒にまでなってしまった著者の体験記です。

 これだけの本が何も賞をとっていないのは不思議ですが、アヘン中毒になってしまった部分があるためかもしれません。読んでいる私も著者に対し、「マリファナならともかく、アヘンだよ。もうやめなって」と忠告しながら読んでいました。こんな潜入記を書けるのは、世界中で高野さんだけだったのではないでしぃうか。しかも、1995年のあのタイミングでないと、政情が変わって入国すらできなくなった様です。後にミヤンマーの軍事政権もワ州を知るための参考文献的にこの本を分析していたようです。

 高野さんはジャーナリストとは違うと自分でも言っていますが、その視点は、限りなく一般農民の生活まで降りています。ですから、、読んでいると農村の日常の様々な営みが行われています。ただし、生産物はそれ自体が現金と同じように流通するアヘンなのです。

 村の人は中国人とワ人とビルマ人くらいしか知らず、「日本人」を説明できないというのも残された辺境を証明している気がします。

 ねずみが出て来て「ずいずいずっころばし」の歌の意味がわかったという部分に変に納得してしまいました。

 とにかく、面白い。「伝説のルポルタージュ」だそうです。

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2015年2月 3日 (火)

『証言記録 兵士たちの戦争』 『ミヤンマーの柳生一族』

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『証言記録 兵士たちの戦争①』 NHK「戦争証言」プロジェクト2009☆☆☆☆
 ビルマ戦線の記録だけ読もうと思って借りたのですが、全部読んでしまいました。ニューギニア、、北部ビルマ、マリアナ沖海戦、ビルマ撤退、中国大陸打通、フィリピン、満蒙国境について、各部隊毎に兵士の証言が多数載っています。
 部隊が同郷の人々から構成されている場合が多いことも知りませんでした。それ以上にどの戦場も酷すぎます。よく証言してくれたと思います。今話さないと永遠に伝わらなくなってしまうという兵士たちの思いもわかります。証言しているのが下士官よりも兵士の方が多いので、最前線の生の声が凄まじい。このシリーズ、貴重だと思います。
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『ミャンマーの柳生一族』 高野秀行 著 集英社文庫2006☆☆☆☆
 ミャンマー国軍と軍情報部の関係を徳川幕府と柳生一族に置き換えるなどして、ミャンマーの情勢をわかりやすくかつ面白く説明しているうえに、辺境地方の旅行記にもなっています。アウンサンスーチーさんの位置づけもなるほどとわかりやすく、実はミャンマーを理解するための入門書としても優れているかもしれません。
 これを読む前に「アヘン王国潜入記」を読んでおく方がよかったのかもしれません。
 高野氏のファンになりそうです。
 

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札幌ナイトラン12kmなど

 昨日は札幌出張で、夜9時過ぎから中心部から平岸通りあたりを12kmほどナイトランしました。考えてみるとその前の日にスキーマラソンだったのですが、頑張らなかったためか全く疲れが残っていませんでした。

 札幌としては吹雪いていたのかもしれませんが、倶知安から比べると歩道の走りやすいこと。24時間営業のスーパーなどもあり、トイレも含めて走りやすかったです。
 ちなみに札幌国際スキーマラソンは83位でした。何とか100位以内には入っていました。
 今日夕方倶知安に戻り、先ほどMTBを6kmほど乗ってみましたが、寒い。クロカン以上に風が冷たいです。ゲレンデは平らな所でも走ることはできません。3月の堅雪を圧雪した朝でないと、MTBでゲレンデは無理でしょう。その後、ツボ足でゲレンデを登ってみましたが、重い、遅い。旭ヶ丘の緩い方から頂上まで7分かかりました。クロカンで登るのよりも少し遅かったです。

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2015年2月 1日 (日)

札幌国際スキーマラソン2015

 今日は札幌国際スキーマラソン50kmに出場しました。

 天気は、晴れだったり曇りだったり、霰の吹雪だったりふわふわ雪だったりとめまぐるしく変化していました。コースは、細かい氷が厚く堆積していて、滑るけれど足を取られやすい変な感じでした。風は強かったです。

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 スキーを置きに行きますが、少し出遅れて7列目。でも、今年はこれくらいが順当な気もしていました。

 ドームでは例年の様に留萌のWファミリーにお会いできました。また、はじめさん、恵庭のOさん、kitanoさんにもお会いできました。

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 スタート直前、私の後ろにはロシア人。モスクワの人で48才と言っていましたので、同じ時を同じ都市で過ごしていたかもしれません。

 スタートして最初は少し頑張りましたが、5kmくらいからペースダウン。札幌国際ではあまりこのようになったことはありません。

 今日は下りのカーブはかなり恐ろしかったですが、何とか一度も転ばずに済みました。しかし、ペースは上がらず、何となくそのままずるずると走ってしまいました。

 登りでは他の選手より少しだけ速くなりますが、下りと平地ではむしろ遅い。そのまま白旗山まで行ってしまいました。

 35km付近からは少し順位を上げていきましたが、例年の様に登りでぐんぐん順位を上げるという感じではなく、差を縮めるくらいです。

 焼け山でも1人抜いただけで、何となく最後の7kの下り基調コースに入ってしまいました。

 最後の2kmからは強烈な追い風で凄いスピードが出ました。その代わり、ゴール直前の直線は強烈な向かい風でした。ゴール直後に吹雪になってきました。

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 ゴールは3時間21分31秒(グロス、ネットは22秒)

 順位はまだ分かりませんが、100位以内に入れなかったのではないかと思います。

 10kmごとのラップは

 10kmまで43:23

 20kmまで38:23

 25km地点1時間43分

 30kmまで41:36

 40kmまで40:51

 50kmまで37:17

でした。

 男子の表彰式が行われ、snufkinjrさんの息子さんが入賞していました。

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■振り返って

・クロカン練習量はこの3,4年300kmを下回ることはなかったのですが、今回は247kmと少な目でした。その影響なのか、単に加齢による限界なのか、あるいはスキーソールのメンテ不足なのか分かりませんが、3時間切りは遙か彼方になってしまいました。

・スーパー走法はかなりできていたので、疲れはほとんど残っていません。しかし、スーパーのテクニックは改善の余地があります。特に左スキーの入りがもう少し直線的に入れば(右もですが)楽に速くなる気はします。

・今年は上腕三頭筋の発達が今ひとつでした。上手なスーパー走法で楽をする事に加えて、ゲレンデ逆登りなど、激しいパワー走法のトレーニングもやはり必要な様です。でも、辛いからあまりしたくありません…。

・いっそ、4時間くらいかけてゴールするつもりで、給食所で食べまくって楽しむ方が正解なのかもしれません。

 

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2015年1月のトータル

2015年1月のトータルは

ラン67km、バイク0km、スイム1km、クロカン247km

トータル219(ラン換算km)でした。

例年に比べて、クロカンが少なく、それが札幌国際の結果にも繋がってしまったようです。

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