« 末武のケーキ | トップページ | 今朝の羊蹄+ナイトラン »

2010年11月23日 (火)

『血の呻き』とタコ部屋

 倶知安に在住していた作家沼田流人(るじん)が大正12年に発行したとされる小説の解説と部分復刻された本。札幌郷土を掘る会発行。11月始めに道新でも紹介されていましたが、知りませんでした。

Cimg5185

 流人は小林多喜二の5歳上で、多喜二同様、タコ部屋労働の実態を書いたプロレタリア文学者。伏せ字だらけで発行されたり発禁処分になっていますが、多喜二と違い命は落としていません。

 流人が住んでいた所が、現在の倶知安町北4条東11丁目。ちょうど国道393号線と276号線が交わる交差点にある米屋から胆振線側に3軒目だったそうで、胆振線工事に関わった人と接触する機会が多かったようです。

Cimg5188

 小説の舞台は胆振線の北岡~京極の間。尻別川沿いの土手工事と軽川トンネルの工事現場。写真の場所の左手前が旧北岡駅方面で、NACのアドベンチャーレースで私達がマウンテンバイクで駈け下りたところのすぐ近くになります。

Cimg5186

 この本の前半は沼田流人とタコ部屋労働についての解説で、後半に小説『血の呻き』が伏せ字ではなく現代仮名遣いで書かれています。読んでいくとあまりにおぞましい描写が続きますが、ひょっとしてこれを書くために流人は本当にタコ部屋に潜入したのではないかと思えてきます。(もっとも一度タコ部屋に入ったら抜け出すことは出来ないでしょうが)

 タコ部屋と聞くと、強制連行された朝鮮人が多かったのではないかと思いましたが、札幌など全道各地のタコ部屋には確かに朝鮮人も多数いたけれど、東倶知安に限って言えば、「酒と女があるおいしい仕事だ」と騙されてきた日本人がほとんどだった様です。

 タコ部屋労働者に対する現場監督の仕打ちの惨さ。そのサディスティックな行為が現場監督自身の心をも腐食させていく様子。ここまで酷使しても人間は死なないのか。死んだ人間はトンネルの落盤現場の穴へ。一体何人死んだのか。さらに警察もグルになっていた様子も描写されています(このことが官憲の目に止まった最大の理由かも)。

 一昨日は京極脇方鉱山まで走りましたが、胆振線のタコ部屋を使った突貫工事は、脇方の鉄を運ぶためのものでした。私達がさわやかな気持ちで見ている羊蹄山を、流人は「死火山」と表現しています。時代とは言え、そのギャップに気持ちの整理がつきませんでした。

 

|

« 末武のケーキ | トップページ | 今朝の羊蹄+ナイトラン »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

重たい内容の本っぽいですね。
諸先輩の昔の話を聞くと、過去に向かうほど、こうした労働の状況が濃くなるように思います。そして今においても経済法は企業有利だし、労働組合のない企業はたくさんあるし、薄められてはいますが続いている色彩もあるのだなと思います。

投稿: Mura@zzzz | 2010年11月24日 (水) 22時46分

Mura@zzzz さんへ→
 ドイツの様に産業別の労働組合がしっかりしているといいと思うのですが…。
 小説の中の過去(タコ部屋)は、現代とは比較にならない状況でした。

投稿: kiyatchi | 2010年11月25日 (木) 21時09分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1179562/37808885

この記事へのトラックバック一覧です: 『血の呻き』とタコ部屋:

« 末武のケーキ | トップページ | 今朝の羊蹄+ナイトラン »